京商(日本) 1/43スケール
自動車レースの世界で日本グランプリの呼称のレースが開催されるようになるのは1963年5月からで、市販車を改造した車のレースであった。1964年の第2回日本グランプリが、式場壮吉のポルシェ904を生沢徹のスカイラインGTが1周だけ抜いたという伝説のレースである。その後もしばらくはスポーツカーで日本グランプリは競われたが、1970年には日産自動車が「排ガス対策の開発に集中したい」との理由から日本グランプリの参戦取り止めを発表。トヨタ自動車もそれに追随したため、日本自動車連盟(JAF)はこの年の日本グランプリ開催を断念。スポーツカーによる日本グランプリは終焉を迎える。
モデルはNo.6 大坪車
トヨタスポーツ800
 日本グランプリ 2nd 1966 Y.Otubo No.6
2800