メーカー
京商ミニチャンプス
スケール
1/43
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2000年にBARへワークス体制でエンジン供給を開始、2001年、2002年にはジョーダンにもエンジン供給を行った。
しかし、2002年にBARのシャシー開発を行っていたレイナード社が倒産したことを契機に、テクニカルディレクターに就任したジェフ・ウィリスとともに、そのシャシー開発にも携わるようになった。
上記の様に、2000年から始まった第3期F1活動では第2期と異なりなかなか結果を残せずにいたが、2004年になると、マシンを共同開発するB・A・Rホンダが11回表彰台に上りコンストラクターズランキング2位へと躍進した。しかし、念願の第3期初優勝には手が届かなかった。
2005年シーズンは、開幕当初レギュレーション変更に伴う影響をマシン設計に十分反映できていなかったことから出遅れ、ようやく、第4戦サンマリノGPで3,5位でフィニッシュし復活の兆しを見せたと思われるや、レース後の車検で重量違反が発覚し、その後の裁定でサンマリノGPのリザルト取り消し及びその後2戦(スペインGP、モナコGP)の出場停止となってしまった。しかし、その後巻き返しを見せて、第8戦カナダGPでポールポジションを獲得、第12戦ドイツGP、第16戦ベルギーGPではジェンソン・バトンが表彰台を獲得したが、コンストラクターズランキングは6位に終わった。
BARホンダ 007
(No.3/2005)J.バトン(ジャパンパワ−)
3300